2025/04/13

新宿駅のエスカレーターでキャリーケースごと中年男性が降ってきた

数年前、夫と、夫の友人と、私の3人で新宿駅構内の下りエスカレーターを使った。夫と夫の友人が先に乗り、私は少し離れて 3〜4段後ろぐらいのステップに乗った。比較的遅い、空いている時間帯だった。

エスカレーターの中ごろあたりで、右脚のふくらはぎに、何かが触れたような感覚がした。と同時に、大きな物音が、たぶん、した。私は後ろを振り返る。

スーツを着た中年男性が、キャリーケースごと後ろから降ってきた。
男性は私のすぐ後ろのステップにいた。キャリーケースを必死に掴んで、しゃがみ込んだような、ステップの段差に座っているような姿勢になっていた。降ってきたけど、体勢はさておき、いちおう着地し終えていた。だから、正確にいうと、男性が降ってきたシーンを私は見ていない。
あと男性はキャリーケースを自分の横か後ろに持っていたようで、ケースが降ってくることもなかった。
(男性の立っていた位置がわからないが、おそらく下りエスカレーターの上のほうから中間地点の私のすぐそばまで落ちてしまったのか?)
(男性の後ろには誰もいなかった)

男性は「何が起きたのかわからない」「ひとにぶつかった、怪我させてしまったかもしれない」「やってしまった」が混じったすんげえショック受けた顔をしていた。この世の終わりみたいな顔だった。あの顔、忘れられない。
男性は少しの間、声も出せない感じだったが、「す、すみません!! ぶつかってしまって……」とすんげえ顔のまま私に言う。
私は後ろを向いて「あ、全然、ぶつかってないんで大丈夫ですよ!」という。そう、ぶつかっていない。
エスカレーターが床、到着地点に近づいていたのですでに降りていた夫と夫の友人が「前見て! 前!」と私に警告してくる。いや、騒がんでももうすぐ着くことはちゃんとわかっている。
エスカレーターを降りて男性に、「とにかく、ぶつかってないし、怪我してないです! 大丈夫なんで!」と言ってその場を後にした。むしろあの男性、怪我してないかな大丈夫かな。

夫に「大丈夫だったの? ぶつかってないの?」と訊かれたので説明する。
私が“「何か触れたか?」みたいな感覚しかなかったこと”を夫に伝えると「強キャラかよ」という。確かに、ラオウみてえ。

私も中学生のころ、下りエスカレーター中間地点から到着地点まで落ちたことある。なんか、綺麗に降っていった。私の後ろにいた成人女性がびっくりしてすごく心配してくれた。ごめんなさい、お姉さん。たいした怪我はなかったです。でも前にひといなくて本当よかった。利用客、私とそのお姉さんしかいなかった。田舎でよかった。
でもなんで落ちたか覚えてない。ストレスすさまじい時期だったからかな。バランス崩したんかな?

先日、夫と一緒に風呂場で喋っていた。
私が入浴拒否する症状を防ぐため(本来私は風呂好きです カラスの行水気味だけど)、またひとりで入浴するとぐるぐる思考が始まりメンタルがおかしくなるので、夫がまず先に浴室に入り洗髪洗体を済ませ、湯船に浸り、そのタイミングで私が浴室に入り洗髪洗体を行う。そんで交代するように湯船に浸かる(私は長湯を避けている)。
そういう運用をしているので、風呂場でも喋っていることが多いのだが(どんだけ会話しとるんやこの夫婦)(夫の気が休まる暇はないんですか!?)(かわいそう)、私が「ブッダは人の子! ブッダは人の子! あれ? 違う」と軽めに叫んでいると(頭大丈夫?)、夫が「ブッダは“目覚めた人”」と言い「そうやった イエスが神の子やった。人の子ってただの人やん。いやまあブッダは人の子ではあるけど……」と言いながら身体を洗い終えた私は浴室のドアを開け、バスタオルに手を伸ばし、2枚とってその1枚を夫に渡す。夫が「湯船、浸からないの?」と私に訊く。

私は絶句し、俯き、多分きっとあのときの男性と同じ顔をしていたと思う。
完全に忘れてた。完全にもう、風呂終わったー! って感じだった。なぜだか、そのことにものすごいショックを受けてしまった。
そもそも私が絶句することは珍しい(多弁なので)。「嘘やろ!!?」とか「そうやん!!」も言えなかった。私は言葉を失った。
それほどにショックで、ていうか、本当に人間ってショック受けると絶句して俯くんだ……芝居みたいに……アメリカドラマかよと思った。フルハウスだったら「oh…..」とか「ah….」みたいな声流れてる。

私は足だけでも……と湯船に入り、ついでにちょっと浸かったので「はい! 入った! いまお風呂入った! 湯船浸かったよ!」と夫が松岡修造のように励ましてくる。私は動揺を抑えきれず、湯船から上がって身体を拭いた。
まじで人間、絶句して俯くことあるんだ。

エスカレーターの件のせいで、私は都内の地下鉄駅にありがちなとても長いエスカレーターが本当に怖い。上りですら怖い。下りは死ぬほど怖い。夢に出るほど。あの距離落ちたらマジやばいし、人を巻き揉む。
私は子供の頃、下り階段から落ちたこともあるので、基本的に下り階段は手すりをしっかり握っているが、エスカレーターでもしっかり手すりを握っている。なので手ピカジェルが欠かせない。